へたれの独り言。

主に心理学、臨床心理学に関連したことを書いていきます。

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個人心理学、アドラー心理学【どう生きるか】

こんにちは、へたれです。

前回に引き続き、アドラーの考えた個人心理学について書いていきます。

 

 

⑧承認欲求を否定

 

 個人心理学では承認欲求を否定する。何かをして認められる褒められるというのは嬉しいもの。しかしそれの行きつく先は、「他者から褒められなければ適切な行動をしない」というもの。そうして最終的に、認められるため褒められるために他者の求める自分になろうとしてしまう。自己決定などなく、ただ他者の期待を指標にして人生を歩んでいく。それをアドラーは否定したのである。

 

⑨課題の分離

 

 では、承認欲求ではなく、何を指標にすべきなのか。それは、今ある課題は誰のものなのかを考えることである。自分の行動に対して他者が褒めるのか褒めないのか、これを決めるのは自分ではなく他者である。子どもの「勉強」という課題に対して、勉強するのかしないのかを決めるのは、親ではなく子ども自身である。つまり、他者の課題と自分の課題を線引きし、そして自分の課題に対してどうすべきかを決めるのは自分自身である。決して、他者の期待や他者から承認されることを求めて決めるのではない、ということである。あくまで、自分の信じる最善の道を自分で選んでいくのである。
 これは自己中心的のようにも感じるかもしれないが、アドラーは他者の課題に踏み込むことが自己中心的だと言っている。勉強をするかしないか、引きこもりから抜け出すかどうか、このような他者の課題に対して親などが介入する(勉強をさせようとしたり、無理矢理外に出そうとすることなど)ことは、親が自分のわがままを押し付けているのだと。勉強や外に出ることを援助することはできるが、どうするかを決めるのは本人なのである。

 

⑩貢献感

 

 生きづらさのない、自分に価値が持てるようになるために必要なのは、貢献感である。貢献感とは、「自分は誰かの役に立っている」という主観的な感覚である。「誰かの役に立っている」という思いに基づいた言動が、実際に誰かの役に立っている必要はない。役に立ったかどうかを決めるのはその誰かであって、自分ではないのだから。あくまで「誰かの役に立っている」という主観的な感覚を貢献感というのである。
 加えて、貢献感を得るための手段は、行動や言葉などの目に見えるような形である必要はない。主観的な感覚だけでいい。
 さらに、この貢献感には承認欲求は含まれない。貢献感は、誰かに承認されるためではない。承認欲求に動かされているのなら、自分の人生は生きられず、他者の目を常に気にする人生になってしまう。だから、誰かに認められる必要はないし、「自分が誰かの役に立っている」という感覚だけで十分なのである。

 

 

今回はここまで。中身紹介だけです。

んで個人心理学についても一旦終わりです。次回、まとめというか感想などを書いて終わります。また新しい知識を得たり、気が向いたら書いていきます。

ではでは。