へたれの独り言。

主に心理学、臨床心理学に関連したことを書いていきます。

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未熟な自己愛の原因

こんにちは、へたれです。

これまで、どうしたら成熟した自己愛に成長していくのかを紹介してきました。今回からは、自己愛が成長せず、未熟なままに留まってしまっていることについて考えていきます。

 

 

未熟な自己愛とは

 

 まず未熟な自己愛と言うのは、自分のことばかり考えている状態です。自分を愛するというのは本来誰にでもあるものですが、自分のことだけを考えており、相手のことを考えていない状態を未熟の自己愛と考えます。相手の気持ちに全く共感せず自分のためだけを考え行動している、そんな人は成熟した自己愛とは言えません。

 

自己愛性パーソナリティ障害

 

 精神医学に、自己愛性パーソナリティ障害というものがあります。これは、いわゆる自己中心的で、それが著しい人のことです。

 その内容は、「自分はとても偉いんだ」「自分はものすごく賢いのだから、人は自分に従うべきだ」「自分は他の人と違って特別だ」など、著しい顕示性万能感を持っていることを「誇大性」と言い、そういった「誇大性」をもっていること。また、「自分は偉いんだから、人から褒められて当然だ」「自分は賢いから人から認められる」など、承認・賞賛欲求が過度に強いこと。そして、他者の考えを全く考慮せず自分の利益のために他者を不当に利用するといった、共感性の欠如。これらが含まれています。

 未熟な自己愛というのは、その程度が激しいと、このようなものに当てはまる可能性もあります。

(自己愛が未熟だと自己愛性パーソナリティ障害である、というわけではありません。社会生活に支障が出て、それが自己愛の問題に関係していて、医師が判断した場合に診断される可能性があるということです。少なからず、ある程度の人は上記の内容に当てはまるかもと思うかもしれませんし、多少は自己愛に問題がある人も多いと思います。しかし、だからと言って仕事ができていたり、日常生活を普通に送れている場合は、問題ないかと思います。)

 

未熟な自己愛の原因は?

 

 では、何が原因で自己愛が未熟なままに留まってしまうのか。確実な原因はわかりませんが、こうではないか、とコフートが考えた理論を紹介していきます。

 

 コフートは、子どもの頃に自己愛構成体である「誇大自己」と「理想化された親イマーゴ」が満たされないことが、未熟な自己愛の原因だと考えました。

 

「誇大自己」が満たされない

 

 親に褒めてもらったり自分の能力を認めてくれたりして「誇大自己」が満たされます。

 もし親に努力を認めてもらったり褒めてもらえなかったら、どうでしょうか。前にも書きましたが、おそらく次から努力しなくなったり、自分に自信が持てなくなったりするかもしれません。そのような体験がたまにであれば、それほど外傷的にはならないかもしれません。

 しかし、そのような体験ばかりだと、子どもの自己愛はうまく発達しなくなるかもしれません。あまりにも褒められる、認められる体験が欠如していると、子どもの自己愛は満たされません。しかし子どもには、「自分はすごいんだ」という万能感やそう思いたいという欲求があります。そうすると、子どもは自分で自分の自己愛を満たすしかなくなります。そうして、子どもは自分で自分を「すごい」と思うしかなく、過度な誇大性によって自己愛を満たそうとします。「自分はすごすぎるから他の人には理解されなんだ」というように。もしくは、自己愛を満たすことに失敗して不安が強く自信が持てなくなります

 このような、過度な誇大性を持っていたり、あまりにも不安が強く自信が持てない場合、未熟な自己愛となる可能性があります。

 

「理想化された親イマーゴ」が満たされない

 

 もう1つの自己愛構成体である「理想化された親イマーゴ」が満たされないとどうなるでしょうか。

 安心感を得るために親のもとに行っても、「お前は本当にダメだな」とか子どもの欲求を満たしてくれない体験をすると、同じく自己愛は満たされません。子どもの理想を引き受けてくれず、不安や緊張を緩和してくれず安心感が得られない。そうすると、子どもは自分の理想とする像を持てなかったり、不安や緊張を緩和する能力が身につきません。理想が持てず道徳観が身につかずネガティブな感情に過度に巻き込まれたりして傷つきやすい人間になってしまうかもしれません。これも、未熟な自己愛の原因の1つだと思います。

 

まとめ

 

 このように、子どもの頃に「誇大自己」と「理想化された親イマーゴ」が適切に満たされる体験が欠如することで自己愛が成長せず、大人になっても未熟な自己愛のままとなってしまうコフートは考えました。

 それぞれが満たされないために、大人になっても、過度な誇大性を持ったり、逆にあまりにも自信を持てなかったり理想とする像を持てなかったりネガティブな感情に巻き込まれやすくなったり傷つきやすい人間になったりします。これらが未熟な自己愛と言われるものです。

 そして、これらの程度が著しく、日常生活や社会生活に支障をきたしている場合、自己愛の障害となる可能性があります。

 

 

今回はここまで。

ではでは。